今回は冬の感染症の代表「インフルエンザウイルス」について考えます。
とても長いブログになってしまったのでお時間のあるときに興味のあるところだけでもご覧いただければと思います。
まず、このグラフは東京都のインフルエンザ発生状況のグラフです。
参考URL:東京都感染症情報センター
赤が2024-25シーズンのものです。2024年12月の最後の週に、過去25年間で最も多い317,812人のインフルエンザ感染が報告されました。これは前年同期の約3倍と桁違いでした。
年が明けてだいぶ落ち着きをみせてくれましたが、今回は改めてインフルエンザについて正しく知って予防と対策を考えましょう。
インフルエンザウイルスとは?
インフルエンザウイルスは高い感染力を持ち発熱や咳・鼻水、頭痛、倦怠感などの症状を引き起こす厄介なウイルスです。A型、B型、C型の3種類がありますが一般的に問題となるのはA型とB型のみで、C型は一度感染すると免疫がついて再感染することは少なく、症状も軽微とされます。
実際に臨床医の立場で風邪と区別して意識することはない病気といえるので、今回のブログはA型・B型インフルエンザについてのお話です。
インフルエンザウイルスは表面に
NA(ノイラミニダーゼ)
HA(ヘマグルチニン)
という2つのタンパク質をもっています。これらはウイルス表面に多数存在しており、NA9種類・HA16種類の亜型が存在しています。
参考URL:大幸薬品株式会社
一般的な診療においてこれらの違いによる影響はあまり気にされませんが、多数の亜型が存在し、さらに微妙に変異するため私達の体は対応しきれず毎年かかってしまう可能性があるのです。
インフルエンザウイルスは感染した人が咳やくしゃみをすることで周囲に拡がる飛沫感染を起こします。また、これらの飛沫物を手で触ったあとに目や口、鼻を触ることによる接触感染でも拡大します。
どんな症状が出るの?
インフルエンザは
- 高い熱(38~40℃くらい)
- 体のだるさや疲れ
- 頭痛や筋肉痛
- 咳や鼻水、のどの痛み
などが共通した症状ですが、A型・B型でそれぞれ特徴があります。
一番の特徴は急な発熱です。普通の風邪は咳や鼻水から始まったり、熱もじわじわと上がるのに対してA型インフルエンザは急な熱から始まり強い関節痛や悪寒を伴うことが多いです。脳症や肺炎などの合併症が多いのも特徴と言えます。

比較的緩やかに症状が進行します。下痢や腹痛などお腹の症状が出ることが多いです。

また、2009年に流行ったA型インフルエンザ(pdm09型 2009 pandemic A/H1N1)では気管支炎や肺炎といった下気道感染に至ることが多いようです。実際に2009年の流行時には重症肺炎のお子さん達が多かったです。
また、極めて稀ですがインフルエンザ脳症という重篤な合併症になることもあり、特に乳幼児では注意が必要です。
周囲で流行があり、急な高熱の時には早めに小児科や内科を受診しましょう。
診断
みなさんに質問です
Q.インフルエンザの診断には検査は絶対に必要でしょうか?
・
・・
・・・
A.必ずしも実施しなくて良い。
です。
溶連菌のブログでも書きましたが「目の前の患者さんの症状と所見を観察して必要な検査や治療を選択すること」が大切です。
少し専門的な話になってしまいますがインフルエンザなど感染症を診察するときには、周囲の流行状況や問診と身体所見から得られた結果からどの程度インフルエンザらしいかを推測します。
これを【検査前確率】と言います。
例えば、インフルエンザの患者さんがほとんどいない真夏に咳はないけど3日前からノドの痛みがあって昨夜から38℃の熱が出たという患者さんのインフルエンザ検査前確率はほぼ0%です。
このような場合はインフルエンザの検査をするよりも他の疾患(例えばこの場合は溶連菌などかもしれません)について検討すべきでしょう。
一方、家族内にインフルエンザにかかっている人がいて、突然39.5℃の高熱が出て、関節が痛くて、咳も咽頭痛もあるという患者さんならばほぼ確実にインフルエンザだろうと考えられます。そうすると、検査前確率は80〜90%程度と推測できます。この場合はインフルエンザの検査をするまでもなくインフルエンザと診断して治療を進めるべきといえます。
なぜかというと、通常のインフルエンザ抗原検査キットを用いると、適切なタイミングで検査を行ってても感度は70〜80%程度です。これはインフルエンザ患者さん100人に検査を行うと20人以上が「陰性=インフルエンザではない」という間違った結果が生じるということになります。
検査前確率を無視して「検査が陰性だからインフルエンザではない」と診断してしまうと、本当はインフルエンザにかかっているのを見過ごしてしまい周囲に撒き散らすの恐れがあります。
ということで、検査前確率という考え方はとても大切な考え方なのです。
すこし乱暴な表現ですが・・・
「インフルエンザの診断に検査は必須ではない」
ということです。
インフルエンザがとても疑わしいのに、時間が経っていないからという理由で検査も治療もしないで、翌日に時間が経ってから検査をするというのは検査に頼りすぎと言えます。
検査の感度(当たる確率)から考えると翌日再診したところで
「検査陽性▶やっぱりインフルだね」
「検査陰性▶インフルは否定できない」
となるだけなので、結局インフルにかかってないかどうかは時間が経ってもはっきりしません。
大切なのは問診や所見から行われる診断とそれを元にした早期治療です。
検査はあくまでも診療のサポートです。
ではインフルエンザの検査はどのようなときに行うでしょうか?
まず、私はこの表を意識して診察にあたっています。
☑周囲流行状況
☑関節痛や筋痛の有無
☑咳、咽頭痛の有無
☑インフルエンザ濾胞※
☑その他の疾患の可能性
※インフルエンザ濾胞
咽頭後壁というノドの奥の部分にイクラのように光沢のある半球形のリンパ組織が出現することがありこれをインフルエンザ濾胞と呼びます。インフルエンザ濾胞はインフルエンザの発症初期から出現することがわかっており、早期診断に役立つ所見とされています。写真はアイリスHPより抜粋・一部改変▶このインフルエンザ濾胞の出現を応用したAI搭載インフルエンザ検査医療機器【NODOCA】による検査法もあります。名前のとおりノドをカメラで撮影するだけの検査でほとんど痛みを伴いません。6歳以上で実施可能ですが大きく口を開けられないと検査できないこともあります。発症12時間未満から抗原検査と同程度の感度で診断が可能で、痛みが苦手なお子さんにも使える検査です。
ただし、NODOCAは感度は高いものの特異度が低く、かかっていない人でも陽性に出てしまうことがあるため検査前確率がやっぱり大切です。
最終的には個別の患者ごとの背景(重症化リスク、家族に妊婦や新生児・体の弱い方がいないか、大事なイベントが控えてないか等々)なども考慮して総合的に評価します。
先生によって考え方はもちろん違うと思いますが、私の考え方は
このようになります。いざ検査をするとなったら、どのような検査を選択するかも重要になります。
今までにインフルエンザの検査をしてもらいたくても「12時間経っていないので今は検査できません」と言われたことがある方もいると思います。
通常の抗原検査では発症から12時間以上経たないと精度が低いという大きな欠点があるからです。医療者側も早く検査して治療してあげたくでも無駄な検査担ってしまいかねません。
しかし、近年は感染症の診断精度が急激に進化しており、核酸検出という遺伝子検査法(当院ではID NOW™という検査機を導入しています)によるインフルエンザ検査が可能です。ウイルスの遺伝子を増幅して検出するため発症から時間が経っていなくても検査ができるという仕組みです。核酸検査法ならば発症直後(12時間未満)でも検査可能です。
しかも検査精度はむしろ通常の検査(抗原検査)より高精度で感度96.2%とほぼ確実な結果を得られます。(Abbot社HP)
この検査法ならば時間が経っていない患者さんでも発症初期からの感度が高いため、早期診断・早期治療にとても有効になります。
ただし、保険適応が限られており、
【発症12時間以内】
かつ
【下記いずれかに当てはまる方】
☑5歳未満
☑65歳以上
☑妊婦
☑BMI40%以上の高度肥満
☑免疫抑制状態の方
☑慢性的な基礎疾患(喘息を含む肺疾患、心血管疾患、腎疾患、肝疾患、血液疾患、糖尿病含む代謝性疾患、神経疾患)
という条件があります。
当院では症状や病歴などを踏まえたうえで、検査を実施する際には主にこの表のように実施することが多いです。
診察に加えて、3つの検査方法を組み合わせることで早期からのより正確な診断を心がけています。インフルエンザシーズンの発熱は時間に関わらず早期受診を推奨します。
治療
インフルエンザの治療薬はいくつかありますがいずれも有用性が証明されています。
タミフル(オセルタミビル)
ゾフルーザ(バロキサビル マルボキシル)
吸入薬
リレンザ(ザナミビル)
イナビル(ラニナミビル)
点滴薬
ラピアクタ(ペラミビル)
いずれの薬もインフルエンザウイルスの増殖を抑えることが目的のため、早期に投与するべき治療薬です。ウイルスが増殖完了した後に投与されても効果は薄れてしまいます。通常は48時間以内が目安となりますが治療は早ければ早いほどよいのです。
そのため、インフルエンザ診療に関しては上述したように検査を優先しすぎて診断を後回しにせずに、診察に応じて早期に治療開始することが当院としてはオススメです。
どの薬を選択するかは年齢や重症度などに応じて選択されます。
乳幼児では吸入や錠剤は飲めないため、タミフルが第一選択薬になります。イナビル懸濁液という吸入器を用いた方法も選択肢となりますがエアロゾルが発生するため感染拡大に注意が必要です。
年長児で上手に吸入できそうならばイナビルやリレンザといった吸入薬も選択できます。咳が強く出ている時にはむせこんでうまく吸えないこともあるので咳が強い場合は錠剤が飲めるならばゾフルーザも1回飲むだけで治療が完結するため使いやすい薬だといえます。
重症の方でこれらの薬が使えない場合には点滴のラピアクタも選択となりますが、15分以上の点滴投与となるため当院では処置室や診察室等のスタッフ配備環境から安全に実施することが困難なため現在ラピアクタは採用しておりません。
予防
インフルエンザの予防において、ワクチン接種は最も効果的な手段の一つです。現行のインフルエンザワクチンは、接種すれば絶対にかからないというものではありませんが、インフルエンザの発病を予防することや、発病後の重症化や死亡を予防することに関しては、一定の効果があります。
6歳未満の小児を対象とした2015/16シーズンの研究では、発病防止に対するインフルエンザワクチンの有効率は60%と報告されています。
ワクチン有効率という考え方は分かりづらいのですが
日本小児科学会では6か月以上のすべての小児に対し、毎年のインフルエンザワクチン接種を推奨しています。(ただし、1歳未満では発症予防効果は証明できていません)
参考URL:日本小児科学会 2024/25 シーズンのインフルエンザ治療・予防指針
インフルエンザワクチンの接種は効果が出るまで約2週間はかかるため、10月頃からの接種がよいでしょう。ワクチン接種回数については過去のブログをご覧ください。
これまで、インフルエンザワクチンは注射薬である不活化ワクチンだけでしたが、2024年からは点鼻タイプの生ワクチンも認可されました。生ワクチンは年齢制限(2歳〜19歳未満)や接種後のインフルエンザ罹患リスク、やや高額などのデメリットもありますが、痛みがほとんどなく単回投与で済むことや効果が長く持続するなどのメリットも大きく、選択肢が増えることはとても良いことだと思います。
ワクチン以外にも手洗い、マスク着用、換気、バランスの良い食事や睡眠など、インフルエンザに関わらず普段の生活から気を付けて健康的に過ごしましょう!
まとめ
長くなりましたがインフルエンザについて考えてみました。
現在では新しい検査法があり早期診断が可能です。また症状と周囲の状況などで検査をしなくても総合的にインフルエンザと診断することが出来ることもあります。特に小さなお子さんでは重症化のリスクなどもありこの時期の急な発熱には早めの対応を心がけましょう。
寒川・茅ヶ崎・藤沢・平塚で子どもの風邪、長引く咳、アレルギーのこと、そのほか健康のことでお困りの方はお気軽にご相談ください。